鳳鳴出身、樋口季一郎の銅像建つ(市長日記R4.10.14)
令和4年10月14日
鳳鳴義塾(旧制の鳳鳴中学校、現篠山鳳鳴高校)は本庄繁、本郷房太郎の大将をはじめ、多くの軍人を輩出し、活躍されました。一盆地からよくこれだけの人材が・・・と言われています。
その一人に樋口季一郎陸軍中将がおられ、淡路島のご出身ですが、鳳鳴に学ばれたのです。
樋口さんは満州団においてナチスドイツの弾圧を逃れ、シベリア鉄道などでやってきたユダヤ人難民を受け入れて救出したことが知られるようになり、今日に至り人道主義の軍人と高く評価されるようになりました。
そして、よく知られるのが、北海道を守り抜いたことです。
日本のポツダム宣言受諾後(8月14日以降)も、ソ連は侵攻を続け、18日にソ連軍は占守島(シュムシュ島)への上陸を開始しました。この時、第5方面軍司令官として札幌で指揮をとっていたのが樋口季一郎さんで、自衛戦争として断固反撃を命じ守り抜いたのです。
それがなければ、北海道を占拠されていたと言われています。
この樋口季一郎さんを顕彰するため、生まれ故郷の淡路島に銅像が建立され、除幕式に出席しました。小西隆紀県議会議長さんも一緒に出席しました。
今の時代、世界の人々を愛しながら我が国をどう守るのか、樋口季一郎の生き様を振り返る意義があります。
この建立に力を注がれたのが孫の樋口隆一さんで、バッハの研究者として第一人者で、シューベルティアーデたんばで活躍中の畑儀文さんも出席されました。




更新日:2022年10月14日