前宝塚市長の中川さんのご講演(市長日記R4.10.26)
令和4年10月26日
10月23日、前宝塚市長の中川智子さんにお越しいただき、多くの市民の前でご講演いただきました。これは10月1日に市民センターに男女共同参画センターを開設したことを記念してのものです。
中川さんはいつもニコニコ親しみがあって気さくで、誰からも愛されるお人柄ですから、市民に圧倒的な人気がありました。
しかし、芯は大変強く、何せ社民党の元国会議員さんでもありましたから、困った人、弱い人の立場のために闘う人でもあります。
私の尊敬する政治家で、親しくさせていただいてきました。
お話の内容は次のとおりです。
「丹波篠山が大好きです。
子育てのなか食べる物の大切さを強く思い、丹波篠山の有機の野菜、お米を購入するようになり、ご恩があります。
私は75歳になりました。
人生後悔がないことなどありません。
20歳で短大を出て就職して船会社に行くと、男性は6カ月、女性はわずか3日の研修でした。当時女性は声をあげることができませんでした。
そこで私たち女性は組合の執行部に立候補して、一つ一つ待遇が改善されていきました。
友人の結婚式で(ご主人の)中川君と出会い、恋をしました。
しかし私のことを気に入ってくれないのです。9カ月、美味しいものを作って追いかけて結婚できました。
夫は家事もよくしてくれ、男だから女だからなどということは決して言わない人でした。
宝塚のマンションに移った時、子どもがはしゃぐと階下の人から怒られ、友人と子どもが遊べるキッズルームを作りました。
学校給食に取り組む中で、PTAの役員になり、美味しい学校給食を守りました。
阪神淡路大震災があり、ボランティアで仮設住宅をまわりました。
こんな活動をしていたことから、土井たか子さんから「市民を国会議員へ」との掛け声で社民党から出馬をして奇跡の当選をしました。
国会で7年、被災者生活再建支援法やハンセン病、被爆者問題などに取り組みました。
しかし、その後落選。夫は死去。
悲しみにくれ、暗闇の中にいたそんな時、2代続けて宝塚市長が汚職で逮捕され、いろんな人に出馬をお願いしましたが断られ、自ら出馬を決意しました。
宝塚に恩返ししようと思ってまたもや奇跡の当選ができました。
平和、女性、環境、そして美しい宝塚のまちづくりに力いっぱい取り組みました。」
終わってからも多くの(丹波篠山)市民に囲まれ、電話番号を教えて気さくにお話されていました。
また、丹波篠山市自慢の市役所女性部長などと懇談し、激励していただきました。
更新日:2022年10月26日