入院治療を受けて(その2)(市長日記R6.8.1)
令和6年8月1日
一. 今いちばん強く感じているのは、助けていただいたという感謝の気持ちです。
医師の先生方には最新の技術を用いて手術をしていただき、術後も丁寧にご指導や説明をしていただきました。
看護師さんには、先に述べた術後のいちばんしんどかった時のICUでの手厚い看護をはじめ、術前も手術中も、そして回復しつつある時においても、昼も夜も看ていただきました。
手術の前後は不安になるものです。
私も微熱が出て心配したり、オムツかぶれでかゆくなったりしましたが、きちんと対応してもらい、順調に回復できました。
二. それからちょうど、関西国際大学(三木市)の学生さんが実習に来ておられ、私についていただきました。
入院した日から、私の手術にも立ち会い、毎日の健康状況のチェック、尿もれを防ぐ体操も一緒にしてもらいました。
おかげで、暗く不安とも思える入院生活が、明るく楽しい気持ちにもなりました。
術後まもなくは、体が自由に動かせないので、看護師さんに体をふいていただきます。実習生だけではできませんので、担当の看護師さんも一緒です。その担当の方が、まだ1年目ということから、先輩の看護師さんも一緒に、あわせて3人の方が一緒になって私の体をふいてもらったことがあります、うれしはずかし、でした。
三. 日々の毎日の生活が本当にありがたいということです。
朝起きる、食事をする、便をする、尿をする、体が動く、働く、お風呂に入る、眠る。
何と幸せなことでしょうか。
私はこれまで幸い、健康や体力に恵まれ元気なのが当たり前と思っていましたが、決してそうではなく、恵まれていたのです。
しかし、どうしてもどこか悪くなることもあります。
この病院には、遠くからも多くの入院患者、通院の患者もたくさんおられます。
それもみんな、乗り越えようとされているのです。
四. 私は、病院の食事を完食です。
朝8時、昼12時、夕方は6時という時間に食事が運ばれます。
入院中はあまり動きませんし、お腹は減らないのですが、食事に工夫がこらしてあったと思います。
栄養、カロリーだけでなく、おいしく食べられるよう工夫され、ざるそば、カレーのメニューがあったり、フルーツのスイカ、モモもありました。
数えると、のべ31回の食事をいただきましたが、私は全て完食です。
お米は神戸大学農学部の皆さんが無農薬で作ったものとの説明が貼ってありました。
五. 病院内をウロウロ歩き、神戸の景色や夜景を見ながら、ずっと丹波篠山を想っていました。
私の入院中の2週間の間にも、丹波篠山の大きなニュースにふれることができました。
7月21日には地方防災会議を設置している県内の自治体で、女性委員の割合が目標を達成しているのは丹波篠山市だけと報じていただきました。
また26日には、丹波篠山市から新種の恐竜化石が発見されたと報じられました。
いずれも神戸新聞の一面トップ記事でした。
NHKテレビでは、7月21日には民謡魂の番組が丹波篠山から放送され、28日の高校野球甲子園大会の県決勝の報徳対明石商業の試合では、1塁審判を市職員の辻川君が堂々と務めました。
また、何という番組か忘れましたが、「枝豆をおいしく食べる」番組で、日本三大枝豆の一番目に「丹波篠山黒枝豆」が紹介されました。
いずれも大変勇気づけられました。
六. 入院中に丹波新聞100周年記念講演会での松山照紀さん(田ステ女が創建した不徹寺住職)の「死に支度できていますか―より良く生きるために」の講演録を読みました。
ドキッとしました。
今までは、永遠に元気だと思っていたのですが、そうではないし、未来を見すえなければなりません。
日々の幸せを感じながら、今、何をなして生きるべきかを考えていきたいと思います。
七. 2週間、エアコンのきいた病室で、手厚い看護を受けていたので、この暑さはたまりません。
でも、汗を流すことは幸せです。
入院前から同じ病気の人たちから特に励ましていただきました。今田町の大上磯松さんは、私より1か月ほど前に同じ神戸大学病院で同じ手術を受けられ、何度も先輩としてアドバイスをいただきました。
市民の皆さんには、ご迷惑をおかけしましたが、この経験を生かし、さらに頑張って務めていきます。
ありがとうございました。
退院前日のお昼の食事。
退院前日の夜の食事。夏カレーです。







更新日:2024年08月01日