1.17のつどい、あれから30年(市長日記R7.1.20)

更新日:2025年01月20日

令和7年1月20日

阪神淡路大震災から30年。

あの日は、丹波篠山市でも大きな揺れがありました。

当時、消防団員でしたので、全国から届けられた救援物資の仕分けに神戸まで出動したことを覚えています。

また、市内でも、例えば塀が倒れて他人の車を壊したなど、法的な解決がどうなるか困難な法律相談もよくありました。

 

その後、私は兵庫県会議員になりました。

震災からの復興と被災者の支援が大きな課題でした。当時の国の考え方は、「自然災害においては家屋など個人財産への補償はできない」というものでした。

しかし、これはあまりに酷であると考え、兵庫県議会から全国の議会へ呼びかけて国を動かし、一定の生活支援ができるようになったのです。

「がんばろう神戸」「ありがとう神戸」と良く言われました。みんなの助け合いです。

 

それから16年後に、今度は東北の大震災がありましたが、今度は兵庫県からもできるだけの支援をしました。丹波篠山市からも市職員やボランティアの派遣、被災地からの被災者の受け入れなど、家賃の補助も、おそらく全国で一番長く続けました。

 

また、丹波篠山市はいざという時に備えて、縁のある全国の自治体(千葉県館山市、秋田県大舘市、岐阜県郡上市、愛媛県愛南町、岐阜県高山市、愛知県犬山市、山形県鶴岡市、高知県宿毛市など)と災害応援協定を結んでいます。

 

今年の1月17日は市長会代表として式典に出席させていただき、そこで天皇皇后両陛下を拝謁でき、大変光栄です。

五木ひろしさん、最高裁判所長官、前知事の井戸さんのお顔もみえました。