青春の中央大学正法会(市長日記R7.12.3)

更新日:2025年12月03日

令和7年12月3日

10年前の市長日記です

『私は中央大学法学部卒業ですが、大学時代、司法試験を目指し、正法会という研究室で勉強しました。

ここは研究室とは名ばかりの、古い校舎に閉じこもり、先輩が後輩に指導するなど、みんなで勉強するのです。

初めての祝賀会があり、記事を求められましたので、ご覧ください。

 

日本遺産のまち「丹波篠山」から

1.正法会が80周年を迎えられ、おめでとうございます。

私は20歳から24歳まで在籍しました。気がつけば早や61歳、これまでで初めての祝賀会のご案内をいただき、今回行かなければ、この先となるともうどうなっているか判りませんし、正法会は私の青春そのものでしたので、是非出席したいと思いました。

出席して、一緒に厳しい生活をし、汗を流し、又ご指導をいただいたなつかしい皆さんに会うことができ、涙の出る思いでした。

同期(62期)では、能見さん、佐藤さん、久保さん、小宮山さんと私の5人でした。

弁護士、司法書士、裁判所、そして企業、公務員などそれぞれの道で、正法会で鍛えた根性と知識を生かし、活躍されている姿を拝見し、本当に嬉しく思います。

当時は試験に受かることが一番大事だと思っていましたが、今の社会を見る時、司法のみならず、様々な分野でこそ生かすべきだと思います。

正法会の時代を振り返る時、楽しいことは我慢して、しんどい毎日だったのですが、今ではただひたむきに勉強した、美しい時代のように思えます。

朝から晩まで勉強しました。よく判らないぶ厚い我妻栄の民法の教科書が何冊もあり、線だけ引いていました。

たまにお酒を飲みましたが、ふだん抑圧されているせいか、倒れるまで飲む人もありました。

近くの公園でよくキャッチボールをしました。夏になるとバケツに水を入れ、足をつっこんで勉強している人もいました。

私の下宿は研究室から50メートル、水道もトイレも何もなく、昼間におれないのです。だからゆっくり休める場所がなく、他に行く所もなく困りました。

 

2.さて私は、40歳の時から地方政治の道に入りました。今は兵庫県篠山市の市長(3期目)を務めています。

かつては、若さを売り物にしていたのですが、立派な頭になりましたので、これで笑ってもらって人気をとっています。

市政のうえでも、法的判断が必要な場合も多く、今頑張ってやれるのも正法会のおかげです。

「丹波篠山」をご存知ですか?いちばん有名なのは黒豆です。

今年から始まった国の制度で「日本遺産」の制度があります。全国的に魅力や特色のある地域が全国で18カ所選定されましたが、篠山市は「丹波篠山デカンショ祭―民謡にのせて歌い継ぐふるさと」として認定されたのです。

農都宣言、景観計画、住民投票条例、手話言語条例、原子力災害に備えての安定ヨウ素剤配布など、先進的な取り組みも進めています。

大阪、神戸から1時間です。観光客も年々増えており、是非一度お越し下さい。

正法会の益々のご発展と、皆様のご健勝ご活躍を心からお祈りいたします。

酒井 隆明(正法会 62期)』

 

あれから10年、正法会の90年の祝賀会がありました。

いろいろ正法会のおかげですし、あと10年となると、それこそどうなっているのかと思いますので、出席してきました。

驚いたことに、私よりも先輩方が沢山おられました。皆さんお元気なのです。

それから室員は私たちの頃はほとんどが男性でしたが、今は女性の方が多いそうです(正法会に入室するためには試験があるのです)。

次は100年です。残念ながら今回は同期が少なかったのですが、元気に100年をめざしましょう!

中央大学正法会 創立90周年記念式典・祝賀会

↑これは2024年9月の兵庫白門会総会のときの写真です。

 

中央大学総合政策学部で講義

それから、母校への恩返しのつもりで、11月19日、中央大学総合政策学部で講義を行ってきました。

これは、中央大学出身の市長による地方自治体の政策や取り組みをお話するものです。

「景観」「農都」「自然環境」など都市部では緑のないことなどをお話しし、地方の自治体が未来に持続するため、いかに奮励努力しているかを説明しました。

講義は1時間40分もあるのですが学生の態度は大変良いと感心します。

さすが、中央大学は司法・公務員・会計士など、いろんな試験でも上位なのです。

 

あと、お正月の楽しみは「箱根駅伝」です。

今年の中央大学のレベルは大変高いのです。駒沢や青学にも負けないと思います。

がんばってください!

市長の学生時代の下宿先に向かう坂

水道橋の駅を下りて、この坂を上ったところに研究室があります。

市長の学生時代の下宿先

研究室からわずか50メートルの下宿先、今もそのままあります。

2階の左側の部屋が私の部屋で、同じ受験生が3人いました。

門限があって、飲んだりしてそれを破ると、家の鍵を閉められるのです。

小さな石を窓に当てて、開けてもらいました。

市長が学生時代によく訪れていた公園

キャッチボールやバドミントンをして体を鍛えた公園。立派な遊具ができて改修中でした。合格した年の司法試験の論文式試験(4日間)は、この公園で朝の食事とトイレを済ませ、出陣しました。