世界平和アピール七人委員会―平和ボケの日本人と203高地の日本兵(市長日記R7.2.28)
令和7年2月28日
2月8日、世界平和アピール七人委員会の講演会を開催しました。
この講演会は、丹波篠山市今田町出身で出版会社の平凡社を創設した下中 弥三郎さんの縁で、世界平和アピール七人委員会、公益財団法人下中記念財団のご協力で、平成23年から実施しています。
七人委員会の委員であり、作家の高村薫さんを迎えて、「日本を真の平和国家にするために」と題して講演をいただきました。
高村さんは、「海外から『平和ボケ』と揶揄される日本人ですが、日本はほんとうに平和国家なのか、日本人はほんとうに平和を尊ぶ国なのか、
在日の人びとや沖縄に対する本土の無関心と差別を見れば、日本人が公正や正義に敏感だと言えないのは明白ですし、海外の若い世代はガザをせん滅させようとしているイスラエルへ非難の声を上げていますが、日本では目立った声になりません。ロシアのウクライナ侵攻についても、不条理な侵略戦争に対する人間としての憤怒のようなものは、私たちの間には見られないのが現状です。
日本人がもう少し積極的に平和を語り、守るためにどういう道があるのか、考えたいと思います。」と問いかけ、
「日本人の物事への無知、無関心は知らず知らずのうちに人権侵害をしていたり、容認していたりすることになる。すべての人が安心して共存できる社会の実現には、あらゆることに関心を持ち、考え、正義や公正に敏感であることが求められる。」などのお話がありました。
兵庫県知事選にもふれられ、ネットの中は治外法権の様相だと話されました。
なるほどと感じます。私は今、NHKテレビの再放送番組で「坂の上の雲」を見ています。「旅順総攻撃」「二〇三高地」からいよいよ「日本海海戦」です。
二〇三高地を落とすため、国を守るため、突き進んだ日本兵の姿に胸を打たれます。わずか100年前のことなのですが、現在の私たちの暮らしからすると天と地ほどの違いです。
この委員会では、毎年すばらしい世界的な先生のお話を聞かせていただいています。今年は丹波篠山国際博ですので、ぜひ、国際的なアピールにつなげられたらと思います。
【注1】下中 弥三郎(しもなか やさぶろう)
明治11年6月12日、丹波篠山市今田町下立杭に陶工喜久蔵の子として生まれる。9歳で父を失い小学校を中退、陶工として働きながら百科辞典を読んで独学で勉強し、小学校教師、師範学校の教師となる。
「出版とは教育である」という理念のもとに、大正3年に「や、これは便利だ」という現代用語事典を著し、平凡社を創業、「世界美術全集」「現代大衆文学全集」などを次々に世に送り出し、一躍出版界の先駆者となる。
晩年は、昭和26年に世界の国と人々がお互いの文化を尊重する平等で平和な「世界連邦」を提唱、「世界平和アピール七人委員会」の立ち上げに尽力した。
【注2】世界平和アピール七人委員会
昭和30年に下中弥三郎の提唱によって発足。人道主義と平和主義に基づいて国際間の紛争は武力によらず、平和的な話し合いで解決すべきだと考え、国内・国外に意見表明を続けてきた不偏不党の知識人・文化人有志7人の会です。発足当時の委員は、下中弥三郎、植村環、芽誠司、上代たの、平塚らいてう、前田多門、湯川秀樹の7名でした。
現在の委員は、池内了(いけうち さとる 宇宙物理学者)、小沼通二(こぬま みちじ 素粒子物理学者)、大石芳野(おおいし よしの 写真家)、島薗進(しまぞの すすむ 宗教学者)、高村薫(たかむら かおる 作家 93年直木賞受賞)、池辺晋一郎(いけべ しんいちろう 作曲家)、酒井啓子(さかいけいこ 国際政治学者)の7名。
これまで161本のアピールを発表(2024年4月8日現在)し、毎年11月には国内各地で講演会を開催しています。
丹波篠山市では、下中弥三郎没後50年の節目である平成23年11月に記念講演シンポジウムが開かれ、以来、毎年各委員の持ち回りによる講演会が開催されています







更新日:2025年02月28日