篠山産高野球部、初のベスト8(市長日記R8.5.1)

更新日:2026年05月01日

令和8年5月1日

 

篠山産業高校野球部が、春の大会で創部初のベスト8の快挙です。

4月29日には、準々決勝で高砂高校と対戦。

残念ながら1-3で惜敗しましたが、よく頑張りました。強豪ぞろいの兵庫県大会で、ベスト8なんですから、市民にとっては大きな喜び、誇りです。

長澤宏行先生(前監督)の指導を求めて産高を選んでくれた選手たちが多く、よい選手がそろっています。長澤先生も期待できるチームとなってきたと、手ごたえを感じておられました。

市内在住の選手たちと寮生活を送るなど市外からの選手たちが力を合わせて、昨年の長澤先生の退任、処分といういろんなことを乗り越えてきてくれました。

本当にありがとう。

 

実は、姫路のウインク球場まで応援に行ったのですがもう少しうまく試合すれば…と思える試合でした。

応援している人からは、バントで送れなかったり、フライが多いバッティングなど、課題を見つけて練習に取り組み、夏には強豪を倒し、さらなる期待をされています。

 

ここで、長澤先生の経緯を申し上げておきます。

長澤先生は高校球界の名将、名監督と言われ甲子園に7回出場、亡きお父様が丹波篠山市のご出身であったことから、知人から、ぜひ丹波篠山市で野球やソフトボールなどスポーツを指導していただきたいとお願いされていました。篠山産業高校の関係者は長澤先生の招へいに向け、当時の校長先生をはじめ、学校あげて、大変熱心に取り組みをいただき、野球部OB会、同窓会は長澤先生に対し、「このような素晴らしいお話は過去にもなく、今後において望めない。実現すれば子どもたちに大きな夢と希望を与え、市内高校の活性化、多くの子どもたちが篠山産業高校入学を志望してくれる。ぜひお力を」との嘆願書を提出されたのでした。

こうして令和4年10月、丹波篠山市は、長澤先生を市のスポーツ振興官に任命し、市から派遣する形で、篠山産業高校野球部監督に就任されました。

この長澤先生のニュースは、全国的な注目を集めました。「名将」が、私立の強豪高校が中心の現在の高校野球界の中で、県立で、実績のない篠山産業高校を選び、地域に根ざした生徒を中心に甲子園をめざしたいというのですから、その意気、ふるさとへの思いに多くの人たちから拍手が送られました。長澤先生は、「ふるさとで、最後、命をかけて頑張っていきたい。そして、甲子園を夢で終わらせない」「野球を教えるのではなく、野球で教える。」そして、「子どもを元気に、そして大人も元気にし、丹波篠山を発信したい」と話されました。

長澤先生は就任されてから、野球部員一人ひとりと常に真摯に向き合い、技術面だけでなく人間面における指導、育成に心血を注がれました。

市のスポーツ振興官としても大活躍いただき、同じ市内の県立篠山鳳鳴高校野球部とのデカンショマッチ、中高連携野球教室、ベースボールクリニック、ソフトボールクリニック、あそボール体験会、ウインドミル投法講習会など様々に開催され、市内の小学校・中学校・各種団体でのご講演など、野球、ソフトボールを中心に丹波篠山市のスポーツ振興に大きな役割を果たされてきました。

篠山産業高校野球部OB会も献身的な努力を払い、長澤先生を支えてきました。長澤先生の指導を求めて、遠方からも入学する生徒たちを支援するため、もと旅館であった一棟の建物を借り受け、ここを「寮」として管理運営し、毎日の朝食と夕食の提供、宿直を始め、生徒の親代わりとして寝食を共にし、生活指導や野球の練習を共にしてきています。

このような取り組みの結果、令和7年4月の時点では、野球部員が総勢45人、これまでにない充実した体制となって、丹波篠山市をはじめ地域で野球を志す生徒はもちろん、兵庫県内の但馬や播州、神戸、姫路、西宮などからも篠山産業野球部に入部して甲子園をめざしたいという生徒も増えてきました。

野球部の生徒は、校内で率先して大きな声で元気よく挨拶するため学校全体が明るく元気ではつらつとした雰囲気となりました。

入学式では、野球部が中心となり校歌を合唱するなど各種学校行事の中心として盛り上げていました。

長澤先生の就任によって、篠山産業高校がマスコミに取り上げられる機会も増え、高校自体の人気も出てきましたし、丹波篠山市民の期待もふくらんできたところでした。

しかし、令和7年4月、篠山産業高校の校長にA校長先生が赴任されました。

このA校長先生はこれまでの取り組みを否定される独自の考え方でした。

A校長先生のこれまでの発言によると「実業高校なので勉強をすればよい、野球では食べていけない」「野球で学校を盛り上げなくてよい」「遠いところから生徒が来なくてもよい」「OBの運営する寮もいらない。事故が起きたら誰が責任を取るのか」などというもので、野球を通じて学校を、地域を盛り上げていこうとする、これまでの取り組みを頭から否定されるものでした。

その中で、長澤先生の体罰事件が明るみに出てきました。

令和7年7月10日、長澤先生が校内であった紅白戦で故障している部員が試合に出ようとしたのを叱責、暴力を振るったと、A校長先生は高野連に報告し、直ちに長澤先生を野球部の指導から外しました。新たな体罰についても、次々と指摘し、長澤先生は、精神的にも肉体的にも憔悴され、9月5日、丹波篠山市長と篠山産業高校校長に宛てた退職届が提出されました。「部員、子どもたちはとても良い子どもたちでした。県大会を控えて、良いくじを引いて頑張って欲しいと願っています。」「私が生徒たちを愛していることを伝えていただければありがたいです」との想いを託されました。

しかし、A校長先生は、「長澤先生の指導を求めている1年生が転校しても仕方がない」と言われるなど、生徒に寄り添うことが全くない高圧的なやり方、野球部を軽視されるやり方で、1年生の保護者を中心に強い疑問を感じ、嘆願書の署名活動をはじめました。

この嘆願書は「篠山産業高等学校野球部活動における学校側の対応についての嘆願書署名簿」と題するもので、A校長先生などは教師、学校関係者としての資質はもちろん、人としても信用信頼関係を構築できるものでないので、このような人達に子ども達を預けることに不安、恐怖すら感じることから、教育環境の早急な正常化を要求するという極めて深刻なものでした。

この嘆願書については、1,471通もの多くの賛同が得られ、保護者はこれを令和7年12月24日、兵庫県教育委員会に提出されました。

これがどのように斟酌(しんしゃく)されたかどうかは分かりませんが、この4月からは新しい校長先生、教頭先生、事務長が赴任されています。

 

篠山産業高校野球部出身で、長澤先生が監督に就任される以前に野球部の監督を務め、長澤先生のもと野球部部長を務めた先生のお話です。

「長澤先生の指導は基本を徹底的に大切にすることです。練習中に試合で戦う準備を怠りなく進め、試合では力が発揮できるよう実践を積み重ねられます。全ての生徒に対し、わが子同様の深い愛情を注ぎ、その保護者も指導されてきました。生徒たちからはもちろん大変慕われていました。

また、これまで多くの人から信頼を得ておられ、社会人野球で活躍された人などが次々に指導にも来て頂きました。このようにして、生徒たちは確実に力をつけてきたものと感じます。学校内も野球部を中心に、大きな元気な挨拶ができ、活気が出ていました。

長澤先生が生徒に手を出すことについては、この3年間の間に正直申し上げて見たことがあります。

ただし、「殴る」というよりはたく程度であったり、つついたりという軽いもので、全てが「体罰」といえるものではありません。

長澤先生が手を出すときは、気の抜けたプレーであったり、覚悟のないプレーであったり、このようなプレーに対し、人間を変える、しっかりせよと目覚めさせたり、落ち着かせたりというものでした。感情的に腹立ちのためのものではありません。全てとは言えませんが、ほとんど生徒たちは「体罰」とは受け取っていないと思います。

今回のようなことになって悔しい気持ちで一杯です。手を出すことは厳に慎みつつ、長澤先生が築かれたことを大切に、それを礎にして、篠山産業高校の野球部が未来に繋がることを心から願っています」

というものです。

 

もちろん、手を出すこと自体が、指導としては許されないことなのです。

しかし、A校長先生が取りまとめて高野連に報告された事実関係は真実と違っていると考えるのですが、長澤先生は一切の弁明をされないのです。

 

丹波篠山市として言いたいことは次の通りです。

A校長先生は、長澤先生が指導に際して手を出されることがあったことを、早くから認識されていました。

しかし、長澤先生にそのことの事実を確認したり、注意をしたり、話し合いの場を持ったりされることは全くありませんでした。また長澤先生は、丹波篠山市のスポーツ振興官であって、大切なことは高校と市との間で協議をすることとなっているのに、そのような報告や協議も全くありませんでした。これさえして頂いておれば、今回のような悲惨な結末には決してならなかったはずです。

高校は校長先生のものでは断じてありません。地域の声やこれまでの取り組みは極めて大切なもので、校長先生と言えど、これも尊重しなければならないことは、極めて当然のはずです。これを尊重せず、自らの考えだけで軽々しく否定することは校長として許されません。

丹波篠山市への愛も産高愛もなければ、学校運営の根本を忘れ去っています。

 

今、県内の県立高校は多くが定員割れするなど、深刻な状況です。

どこの市町でも地元の県立高校を大切に思い、さまざまな支援や連携を行っています。しかし、肝心の校長先生や先生方が一緒になって地元高校を盛り上げようとされなければ、何の意味もありません。

今となっては何と言って悲しんでも怒っても仕方ありません。

せめて、産高野球部がこれからも少しでも期待できるような体制に戻していただきたいこと、そして生徒たちの活躍を心から願っています。

 

高校野球春の大会 産業高校準々決勝の様子