「司法は生きていた」(市長日記H26.5.29)

更新日:2020年03月24日

これは、5月21日、福井地方裁判所が大飯原発の再稼働を認めない判決を下したことについての、新聞記事の見出しです。

私も同じ思いです。

判決では、大飯原発の安全技術や設備を「確たる根拠のない楽観的な見通しで成り立つぜい弱なもの」とし、250キロ圏内の人に「具体的な危険があり、人格権が侵害される」としました。

そして、安い電気代の維持や二酸化炭素排出削減に原発が役立つという電力会社の主張を「筋違い」としたうえ、「人の生存そのものに関わる権利と電気料金の高い低いという問題を並べる議論には加われない」としました。

私も、目先の利益より、人々が未来にわたり、平安に暮らせることこそ大切だと思うのです。

福島の事故から3年、多くの人がふるさとを失ったまま帰れず、今も汚染水を海にたれ流し、何の解決もできてはいません。

安倍政権は、選挙では「原発に依存しない社会をつくる」と公約しながら、原発依存の道を歩もうとしているように見えます。

物事を正しく、純粋に判断できるものは、やっぱり司法だと思いました。

それは、政治家は、選挙の影響を考えねばならず、又、他の議員や党の意向などに左右されてしまいます。

自民党は経済界の意向を尊重しますし、民主党の支持母体「連合」は電力関係の労働組合があります。

それに比べ、裁判官になる人は、大変優秀な人材が揃っていますし、良心に従って純粋に判断できます。

一昔前までは、権力に逆く判決は出しにくいとの傾向もあったように見受けますが、政治権力を改める力として司法はあるのだと改めて思いました。

そう言えば、先日福井県若狭町長が篠山市に来られました。原発事故があった時の避難先として、福井県、兵庫県との協議で、篠山市に町民のうち1648人が避難される計画となっているそうです。

しかし、万一の事故には篠山市民も避難しなければならない距離にありますし、避難方法も全く定まらず、気やすめの絵に描いた餅のようです。

しかし、考えてみれば県や自治体がいくら頑張っても、完全な避難計画を作ることなどそもそも不可能なのです。やっぱり、国あげて、原発に依存していない社会を構築していくしか道はないと考えます。

若狭町長と男性3名が地図を見ている写真

左から2人目が若狭町長 森下 裕さん