01鼻の助太郎 真南条下

更新日:2020年06月25日

其の1●鼻の助太郎 ■真南条下

むかし、むかし真南条(まなんじょう)の下村(しもむら)に助太郎(すけたろう)という名の木挽(こびき)が住んでおりました。たいそう働き者の助太郎は、毎日朝早くから弁当を
持って山へ入っておりましたが、ある日、近所の人からこんな話を聞いたのです。
「助太郎さん、あんたの嫁さんは、あんたが山へ行った後、いつもおいしいものを作って食べているらしいで。」
それを聞いた助太郎はびっくりして、一度それを確かめたくなりました。
しばらくしたある日、「山へ行ってくるで。」
と、家を出たのですが、こっそりと引き返して天井裏(てんじょううら)に隠れて、様子を伺(うかが)うことにしました。そんなこととはつゆしらぬ食いしん坊の嫁さんは、「さて、今日は何を作ろうかな。そうだ、牡丹餅(ぼたもち)を作ろう。」
と、小豆(あずき)を炊き、ご飯を炊いて、うきうきと楽しそうに牡丹餅を作りかけました。
「さーて、できた。」
天井裏から助太郎が見ていることも知らない嫁さんは、さっそく、おいしそうに食べ始めました。
「いくら何でも、これだけみんなは食べられないな。」
ぶつぶつ言いながら、牡丹餅を長持ち(ながもち)の中に隠してしまいました。
助太郎は知らぬ顔をして、「今、帰ったで。」と言いながら、鼻をピクピク動かし、「何やしら、おいしそうなにおいがするぞ。」とそこらをかぎまわるふりをしました。
「ここがいちばんおいしそうなにおいがするなぁー。」と長持ちの中の牡丹餅を見つけ、おいしそうに食べ始めました。
その様子を見ていた嫁さんは、「あんたの分を置いとったんやで。」と言いながらも、助太郎のよくきく鼻にすっかり驚いてしまいました。
「うちの助太郎はんわな、そらようきく鼻を持っとってんやで。その鼻で何でもかぎ当てるんや。まるで不思議な魔術みたいなんやで。」と、逢う人ごとに、言いふらしてまわったそうな。
そんなうわさが村中に広まったある日のこと、とても心配顔の庄屋(しょうや)さんが、助太郎の家へ来て、嫁さんと話をしておりました。
「娘の嫁入りごしらえにと、大切にしておった金のカンザシが知らぬ間に盗まれてしもうてなー。たいそう困っとんですわ。」
「それは大変でございますね。」
「それで、助太郎の話を聞いたもんでな。今日は特別に頼みごとがあって来たのじゃがな。」
「まあ、どんなことでしょう。」
「その、助太郎の鼻はたいそうよくきくということじゃが、本当なのかな。」
「はい、本当ですとも、においのないものでも分かるという、不思議な鼻ですので。」
「そんなうわさを聞いたものでな、その盗まれた金のカンザシを探してほしいと思ってな。
いかがなものじゃろうな。」
「そんなことなら、たやすいことでっしゃろ。うちの人が帰りましたらよう伝えておきますので。」と、何も知らぬ嫁さんは、すっかりご機嫌で庄屋さんの頼みを引き受けてしまいました。
山から帰って、この話を聞いた助太郎は大変です。
「ちょっと嫁さんをびっくりさせようと思うただけやのに、いまさらうそやとも言えへん
し・・・。」と頭を抱え込んでしまいました。
どうすることもできない助太郎は、眠ることもできず一人で考え込んでおりました。
そして、真夜中頃のことです。
「助太郎さん、助太郎さん。」と戸をたたく音がします。びっくりして戸を開けてみますと、庄屋さんの家のお手伝いさんが立っておりました。
「こんな時間になんですか。」といぶかる助太郎に、「実は、あの金のカンザシを盗んだのは私です。どうぞお許しください。」と泣く泣く話すではありませんか。
すっかりびっくり仰天しながらも、「私もそうじゃないかと思っておった。けど何はともあれ、人の物を盗むのは悪いことやで、一体どうしたというんや。」
「はい、いつものように庄屋さまのお手伝いをしておりましたが、たいそう立派な品物がたくさんありますので、つい・・・。」
「それでどうしたんや。」
「あの、その、金のカンザシを蔵(くら)の入口の石段の下に隠したのです、どうぞお許しください。何とか、私が取ったと分からずに返す方法をお教えください。お願いします。」とまたも泣いて話すものですから、「ふうん、話はよう分かった。けどな、人の物を盗むのは悪いこっちゃで。まあ、とにかく私にまかせてみいな。」と、お手伝いを帰らせました。
助太郎の方こそ大助かり、庄屋さんには顔は立つし、あのお手伝いも助けたことになるしと、ほくほく顔で夜が明けるのを待ちかねて、庄屋さんの家へ出かけ、「この辺がいちばんようにおとるな。」と、蔵の入口付近をにおい、金のカンザシを探し出しました。
この話は、村中の評判となり、鼻のよくきく助太郎と言われるようになったそうな。
ところが、その話が都(みやこ)にまで知れ渡り、都の殿様から使者が来ました。
「家宝(かほう)として大切にしていた刀がなくなったため、すぐ参上して、そのよくきく鼻でかぎ出すようにと、殿のご命令じゃ。すぐ参るように。」と、使いの者は、助太郎をせき立てて帰って行きました。
さあ、大変です。今度は命がけです。殿様の怒りをかっては生きて帰れないだろうと覚悟して、しかたなく都への旅に出たそうな。
いくつもの山を越え、ある峠にさしかかった時です。近くの子供たちが子狐(こぎつね)を捕まえさんざんいじめているのに出会いました。
「かわいそうな子狐。そうだ、この世の最後の思い出に一つよいことをしよう。」と助太郎は、子供たちに小銭(こぜに)を与え、子狐を助けてやりました。
そして、その夜中のことです。
「助太郎さん。助太郎さん。」と宿の外で呼ぶ声に目を覚まし、障子(しょうじ)を開けてみますと、きれいな娘が立っておりました。
「私は、今日助けていただいた子狐の母親でございます。子供を助けていただいて本当にありがとうございました。私も今日のご恩返しに何かしとうございます。私のできることはどんなことでもいたしますので、どうぞ申し出てください。」
と、娘の姿に化(ば)けた母狐(ははぎつね)が言いますので、「実は、殿様から大変な難題をおおせつかり、都へ参りますが、どうすることもできず、大変困っておりますのや。」と、今までのことを話して聞かせました。
すると、母親は、「それはたやすいことです。城の大手門(おおてもん)の右側に松の木がありますが、その松の木の三本目の木の下を掘ってみなさい。」
と、伝えるや姿を消してしまいました。
母狐に教えられた助太郎は、殿様の家宝の刀のありかも上手(うま)くかぎ当てて、「あっぱれ助太郎、お前のおかげじゃ。これはほんのお礼のしるしだが受け取ってくださ
れ。」とたいそうなごほうびをもらって帰って来たそうな。
それからは、だれ言うとなく鼻の助太郎さんと呼ばれるようになったそうな。
また、ごほうびで建てた大きな屋敷も、助太郎屋敷と言われ、お堀をめぐらした立派なものだったということやそうな。