13 力持ちの権八 真南条

更新日:2020年06月25日

其の十三●力持ちの権八■真南条

むかし、むかし真南条に権八というたいそう力の強い人がおったそうな。毎年村の秋祭りが終わると、灘の酒屋へ働きにいってな、それで、美味しいお酒をつくりよったたそうな。
この権八はんは、やんわり置けと言われるとドンと置くなど、つむじ曲がり、へそ曲がりなところがあるけれど、酒蔵で4人以上かからねば上がらぬ、酒の〆舟を1人で担いで二階へ上がるという大力があったそうな。
しかし、お酒を飲むと力持ちを自慢し、その力で大暴れする悪いくせがあったそうな。
春も近ずき、もうすぐ家へ帰れると言うある日、とうとう大変な事になってしもうたのです。
「酒屋暮らしもつらかったけど、帰る日が近こうなるとうれしいなぁ。」
と言った蔵人に、
「何をごちゃごちゃ言うとるねん。お前、家が恋しいんか。それでも蔵の男か。酒がまずうなるわ、もっと景気の良い話をせんかい。わしらな、この酒づくりがすんで家へ帰ったらな、毎年、龍蔵寺さん超えて、二里程先の母子の山へ薪取りに行くんやで、そら、えらい坂道やけどなぁー。」
と権八の自慢話がまたまたはじまりました。
「もうよいよい。その話は、もう耳にたこができたわ。権やんは、すぐ自分の力持ちを鼻にかけるんやから。」
と蔵人が言いますと、
「何やて、わしがせっかく良い話を聞かせてやろと思とんのに、皆で馬鹿にしよって」
「権やん、仕事もせんと、酒飲んで、寝そべってばかりおって、そんなことよう言えるな、仕事せんかい。」
「何、仕事か、仕事ならお前らの二倍も三倍もしとるわ。胴や、わしのまねが出来るか、持てるものなら持ってみい。」
「あっ、あぶない。やめとけ、やめとけ。力持ちが酔っぱらっては誰も手が出んもん。」
と、またいつものように大暴れで蔵の中は大騒ぎです。
こんな事がたびたびあって、権八は、とうとう酒屋をやめさせられてしもうたそうな。
それから1年が過ぎ、蔵入りの時期が近づいてきても、首になった権八にはどこからも声がかからなかったそうな。
しょんぼりしていた権八も、秋祭りになり、力持ちが自慢できると大はしゃぎで、お神輿を担いでおったそうな。
一方、その頃、灘の酒蔵では、たれ壷の中にごっつい石がはまっとって、皆で上げようとしても上がらず、棒でこぜたり、綱で引っ張ったり、人ばかり多くてもどうすることも出来ず、蜂の巣をつついたような大騒ぎをしておりました。
そこで蔵人たちもとうとう、
「権やん呼んできたらどうやろ。」
「そうや、そうややっぱり権やんやないとこんなごっつい石上がらへんで。」
「腹が立ってしゃあないけど、権やんの力を借りんとどうしようもないで」
と口々に言うておりました。
途方に暮れた親方も、仕方なく、
「皆も、そう思ってくれるんやったら、わしも去年の事は水に流す事にしよう。誰ど権八を呼びに行ってきてくれへんか。」
と権八を呼び戻す事に話は決まり、さっそく使いの者が出されることになったそうな。
丹波では、祭りにうかれた権八が調子にのって神輿を担いでおりました。
やっと、権八を見つけた蔵人は、息をはずませながら、酒蔵での出来事を話しますと、
「すまん、すまん、それはわしや、わしがやったんや。昨年、おやっさんにごっつうおこられたやろ。それで、あんまりむしゃくしゃするさかいたれ壷の中にごっつい石をほうりこんで帰ったんや。」
と、言うではありませんか。
「ほな、やっぱり権やんかいな。こんなごつい石、ちょっとやそっとで持てへんし、これはきっと権やんの仕業やで言うとったんや。」
と、呼びに来た蔵人もあきれてしまいました。
しかし、親方の許しも出て、再び酒屋へ行かれる事になった権八は、大喜び。祭りどころではありません。大急ぎで灘に行く事になったそうな。
朝、暗いうちに起きて灘へ向かいながら権八は、
「わしのおとっつあんもこないして灘へ行きよってんなー。」
と昔を思い出しておりました。
「子供の頃のわしは、泣きべそで、じきに泣きよった。皆も、それを馬鹿にしよって、何やかやよう言われたもんや。ある日、酒屋から帰ってきたおとっつあんに、また泣きよるんかと、えらい怒られて、それからわしは、どないど強ようなりたいと思うようになったんや。」
「その日からや、毎日、お稲荷さんに行って強ようなりますようにとお願いしたんは、・・・。」
「何日か続いた頃やったなぁ、お堂が急に暗うなったと思うたら、背の高い白いひげのおじいさんが現れて、こう言うたんや。『向こうの山のてっぺんの一番大きな松ノ木の根元に、大蛇が金色に光る大きな玉をもっとるさかい、それをとってきて供えたら、その日からお前はきっと力持ちになれる。』あれ以来、わしは力持ちになったんや。
人並みすぐれた権八の力持ちもこんな事があったのです。それを忘れて、自分の力持ちの自慢ばかりしていた事にやっと気がついた権八は、これまでのことを後悔し、今後は心を入れ替えて、頑張って行こうと勇んで灘への道を急ぎました。
皆の待つ酒蔵に入るとすぐ権八は、ひょいと石を持ち上げ、放り投げてみせました。
「おお、ようやってくれた。やっぱりお前でないと出来んこっちゃ、この酒蔵にはお前がおらんと仕事にならんわ。しっかり頼むで。」
と、親方にも一目おかれ、またも力自慢をしてしまいそうになりましたが、今日の権八はちょっと違います。
「さぁ、さあ、みんな仕事や仕事や。」
と、先に立って俵を運びはじめました。
「ちょっと軽いさかい、もう二つ積んでんか。」
と、俵を三つも担ごうとする権八に向い、
「こんどは、やんわりどっさり置きまっせ。」
と蔵人は二人がかりで俵をのせました。
「よっしゃ、わしにまかしとけ。」
それからの、権八は、お酒を止め、自慢の力持ちを生かして一生懸命働いたという事です。
また、酒蔵では「やんわり、どっさり」と言う言葉を今も使っているそうな。