教979 温厚な実務者 篠山藩主青山忠裕(教育長ブログR7.10.1)

更新日:2025年10月01日

全国各地で歴史文化フォーラムを開催されている上廣倫理財団と丹波篠山市教育委員会が共催で『老中 青山忠裕(ただやす)の志』というテーマで開催した「丹波篠山市・上廣歴史文化フォーラム」で、江戸時代の中期から後期にかけて老中(今でいうと「官房長官」)を長く務めた篠山藩主青山忠裕が「温厚な実務者で学問を大事にしていた」ということを教えてもらったじょう(~「じょう」は丹波篠山の方言を使っています)。

 

講演は、青山家27代当主で現在事業構想大学院大学特任教授を務めておられる青山忠靖氏と清泉女子大学総合文化部教授の福留真紀氏がされ、後半にはお二人の対談もあった。

 

青山忠靖教授は、「史料には明確でないかもしれないが、青山家にはこのように伝わっている」ということで、青山忠裕公にまつわる興味深い多くの話であった。福留教授は、「史料で分かるのはここまで」ということで、忠裕公が仕えた11代将軍徳川家斉の時代についての話をされた。

 

お二人の話から、「忠裕公は、享楽的な文化が花開いた一方で、財政は悪化し、身分制度の緩みや腐敗も目立つようになる徳川家斉(江戸時代最長50年の将軍在職。化政文化時代を中心に)の時代に、31年間老中を務め、宮中・朝鮮国・諸藩大名に対する幕府の対外折衝に能力を発揮し、各種事業を取り仕切る実務能力に長けていた」ことや、「(自分を主張するタイプではなく)、温和で、万事を温厚に進めていくタイプであり、藩校「振徳堂(しんとくどう)」等で和算(数学)教育に力を注いだ。幕府の要職を務めながら篠山藩主として、財政再建と倹約の推進、特産品(黒豆・栗等)の振興と新田開発・貧困対策等の民生安定に努めた」こと等が分かった。


 

かつて、丹波篠山に関わる人物が、国政の中心を担い、篠山藩の政治や民衆生活の改善と文化振興にも尽力し、性格は穏やかで温厚だったということを教えてもらったことは、市民にとって誇りであり、自分たちも頑張ろうという希望を頂きました。講演の開催に関わって頂いた皆様に感謝します。

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