83.霊輝山瑞祥寺(曹洞宗)と那須与市大権現

更新日:2020年06月23日

井串バス停から徒歩約3分

国道173号線を北上すると、細工所の信号を目前にした右側の山麓に「瑞祥寺」がある。
ご本尊は、阿弥陀如来坐像である。もとは細工所城下に、竜峰山観音寺という五坊もある大寺があったが、戦乱などで大破していた。天文年間(1532~55)、城主となった荒木山城守氏香は、それらの諸坊を廃し、洞光寺七世一華現易和尚を開山として霊輝山瑞祥寺を創建した。その後、観音堂を貞享元年(1684)に元観音寺から移築した。宝暦年間(1751~64)に建物などすべて焼失し、現在の堂宇は再建されたものである。
「那須与一宗隆」は、源義経に従い丹波通過の際、病気になり、当時の観音寺に祈願したところ快癒し、屋島の源平合戦で、両軍注視の中、見事に扇の的を射落したのである。
その縁で後に、京都即成院より宗隆のご分霊をいただきお祭りしたのである。これらの故事から武運長久、諸願成就などとともに中風封じに霊験があるとされ、また、受験生には「的を射落し」合格がかなうと多くの参拝者がある。

「丹波篠山五十三次ガイド(改定版)」(平成7年8月発行)より
※地名・交通経路等は書籍発行時のもので、現在の状況とは異なる場合がありますのでご注意ください。