教769 どこのまちにも暮らしが 近畿都市教育長協議会 その2(教育長ブログR6.10.29)

更新日:2024年10月29日

前回に続き、令和6年10月24日~25日に、和歌山県新宮市で行われた「近畿都市教育長協議会研究協議会」出張での気づきを書きます。新宮市は、和歌山市から海岸線沿いにぐるっと回って(途中、白浜町や串本町を通り)三重県境まで行ったところにあり、大阪駅から特急でも4時間余りかかる。その間、車窓を眺めていると、どこの場所にも住宅や学校・工場等があり、どこにおいてもその地で暮らし、学び、働く人々の暮らしがあることが分かったじょう(~「じょう」は丹波篠山の方言を使っています)。

 

新宮市までは、篠山口駅からJRで快速や特急列車を使って行ったが、所要時間は待ち時間も合わせて6時間余。日頃の慌ただしい時間と違い、ゆったりとした時が流れた。

 

その間、車窓から見える風景には、山あり川あり、市街地には高層ビルや交通渋滞、海岸線には海の景色や漁村、山間・平野部では田んぼや畑が広がり、本市と変わらないような多くのまちには、民家や工場・学校(幼小中高)があり、自宅横の畑を耕す人や、各学校園で活動する子どもたちの姿等も見られ、どこのまちにも、その地に応じた暮らし(住む・働く・学ぶ・遊ぶ等)が営まれていた。

 

帰りの特急が紀伊駅近くを過ぎたあたりで、直前横断による緊急停止で20分ほど停まったが、その時薄暗くなった外の景色を見ていると(午後5時過ぎ)、近くの家から子どもたちが心配そうに様子を見にやってきた。

 

どこの子どもも変わらず可愛い。どこのまちにも、その地の環境(自然・文化・人情)や情勢に応じた暮らしがある。もちろん、そこに個人の思いや条件も反映して生活は成り立っているが。

 

普段は丹波篠山の地で、本市の風土・人情の中で生活しているが、どこのまちでも多くの人々が、そこでの生業を営んでいることを忘れず、全国の人と同じように(あるいは、負けないように)、悩み苦しみを克服しながら、夢や希望に向かって日々の暮らしや学びを充実させていきたい。


 

そういう当たり前のことを再認識させてもらった、今回の出張でした。ここでの学びや気づきを、明日からの業務や生活に活かしていきたいと思います(あれっ、これ前回の締めと同じですね)。

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