教839 篠山線をたどる(教育長ブログR7.2.19 )

更新日:2025年02月19日

休日のある日ひょんなことから、かつて丹波篠山市内を走っていた旧国鉄篠山線の跡をたどることになった。きっかけは教育長がいつも診てもらっている歯科医院の院長先生が、「うちの家に篠山線の標識らしきものがあるから見に来てほしい」という一言。篠山線に詳しい公民館職員と、院長先生の倉庫(旧宅前にある)に行く車中で話が盛り上がり、途中幾つかの史跡(旧線路跡等)をたどることになったじょう(~「じょう」は丹波篠山の方言を使っています)。

 

3人(院長先生と職員は初対面)が待ち合わせたのは城東公民館駐車場。初めに城東公民館内に展示してある篠山線関連の展示品を見学し、これまで分かっていることを説明してもらった(国鉄篠山線は、戦時中に国鉄福知山線篠山口駅と山陰線園部駅をつなぐ線路として計画され、途中の福住駅まで開通したところで運転が始まったのが「1944年」、その後の延伸は無く、1972年に廃線となった。全長17.6キロメートルを40分ほどでつなぐ等)。

 

その後院長先生の車に乗せてもらって移動中、「これが線路の跡です」とか、「これが駅の跡です」とか、「この石組みが線路の跡と思われがちですが、実際には今通っている道路のこの辺りを通っていたようです」等と興味深い説明が続いた。院長先生も歴史に詳しく、車内は専門的な会話が飛び交った。

 

院長先生の倉庫には古い農機具(とうみ等)や生活用具(足踏ミシン等)も保管してあって、「良かったらこれも使ってください」と言われたが、今回は「ささやま」と書いてある標識だけを頂いた。その後、篠山線終点の「福住駅」まで回ってもらって、篠山線の歴史を満喫させてもらった。


 

院長先生も職員も郷土愛が強く、仕事はもちろん自分にできる形で「まちづくり」に協力しようという気持ちを感じた。教育長は、お二人の歴史話に付いていこうと必死に頭をフル回転させたが及ばず、かつて高校で日本史を教えていたとは大きな声では言えなかった。それにしても、心豊かな時間をいただけて、お二人に感謝すると共に、教養やまちづくりへの熱い想いが人生を豊かにすることを子どもたちにも伝えていきたい。

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